昭和位女子大学

HISTORY 100年の歴史

本学園は1918年(大正7年)に創立者人見圓吉を中心として組織された「文化懇談会」に端を発します。その後「文化懇談会」は「日本婦人協会」へと発展し、第一次世界大戦直後の1920年(大正9年)9月には、新しい日本文化の創造と人類福祉の増進に自ら進んで貢献する女性の育成という大きな教育目標を掲げ、現在の文京区、当時の小石川区西江戸川町に「日本女子高等学院」を設立しました。
第1期生は8名、これを迎える専任講師は5名でした。愛と理解と調和を旨とし、「世の光となろう」という建学の精神を確立し、その第一歩を踏み出しました。

開講の詞

開講の詞 Youtube

学園の歩み

1918年

第一次世界大戦終結
本学園は大正7年に創立者人見圓吉を中心として組織された「文化懇談会」に端を発します。
その後「文化懇談会」は「日本婦人協会」へと発展。

1920年

私塾「日本女子高等学院」創立
(現東京都文京区水道4-28)

1922年

5年制の「高等女学部」を付設

1923年

関東大震災

1926年

校舎を移転
(現東京都中野区上高田1-39)

1945年

戦災のため全校舎罹災

1945年

第二次世界大戦終結

1945年

旧陸軍近衛野戦重砲兵連隊跡地に校舎を移転
(現東京都世田谷区太子堂1-7)

1950年

昭和女子大学短期大学部を開学

1951年

学校法人昭和高等学校に昭和幼稚園を付設

1953年

学校法人昭和高等学校に昭和小学校を付設

1955年

近隣火災の飛火で学園内施設の3分の1を焼失

1970年

近代文化研究所を設置

1974年

初代理事長人見圓吉が逝去(勲2等瑞宝章受章)
第2代理事長に人見楠郎が就任

1974年

大学院修士課程を開設

1977年

研修学寮「東明学林」を開設

1980年

「創立者人見記念講堂」を開設

1986年

研修学寮「望秀海浜学寮」を開設

1986年

女性文化研究所を設置

1988年

米国マサチューセッツ州にボストン昭和女子大学を開学

1989年

大学院博士後期課程を開設

1992年

国際文化研究所を設置

1994年

光葉博物館を開設

1995年

生活心理研究所を設置

2000年

第2代理事長人見楠郎が逝去
人見楷子が第3代理事長に就任

2011年

第4代理事長に平尾光司が就任

2013年

現代ビジネス研究所を設置

2014年

第5代理事長に坂東眞理子が就任

2014年

短期大学部を廃止

2014年

現代教育研究所を設置

2015年

女性健康科学研究所を設置

2016年

幼稚園廃止と同時にこども園が開園

2019年

米国ペンシルベニア州立テンプル大学日本校が本学キャンパス内に移転(スーパーグローバルキャンパスの誕生)

2020年

創立100周年

※詳細な沿革は、「学校法人昭和女子大学 学園の歩み」ページでご確認いただけます。

歴史アーカイブ

創立者 人見圓吉

創立者 人見圓吉・緑夫人

1920年(大正9年)
私塾「日本女子高等学院」創立

1922年(大正11年)
「高等女学部(中高部)」開校

1923年(大正12年)
初めての卒業式集合写真

1925年(大正14年)
一期生遠足

1945年(昭和20年)
戦災のため全校舎焼失

1946年(昭和21年)
校舎焼失

1946年(昭和21年)
復興に励む創立者

1948年(昭和23年)
世田谷キャンパス 専門学校当時

1948年(昭和23年)
正門学制改革時

1951年(昭和26年)
「幼稚園」開園

1953年(昭和28年)
「昭和小学校」開校

1955年(昭和30年)
近隣火災により校舎消失

1958年(昭和33年)
当時のキャンパス

1966年(昭和41年)
附属校と短大校舎

1970年(昭和45年)
人見楠郎校長と子供たち

1977年(昭和52年)
研修学寮「東明学林」を開設

1980年(昭和55年)
「創立者人見記念講堂」を開設

1986年(昭和61年)
研修学寮「望秀海浜学寮」を開設

1988年(昭和63年)
昭和ボストン開学

2016年(平成28年)
「昭和こども園」開園